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2026.04.09 |

伊勢丹が、ますますいい感じにリニューアル

新宿伊勢丹って、ちょっと前までは、入りやすい雰囲気もあったんですけど、
最近は、年収1000万円以上をターゲットにしてきているような感じはしますね。
まあ、たまに行くと、ハイソな気分になれていいかもしれません。

最近の消費低迷を受け、デパート業界全体が苦戦を強いられていますが、
元気があるのは、やはり新宿の伊勢丹。

伊勢丹は1959年に地下鉄新宿三丁目駅との連絡工事を完成させ、
その翌年にはデパート業界で初の試みとなるパーキングビルを開設するなど
常に百貨店業界をリードしてきた存在ですが、そんな伊勢丹の「先進性」を
最も顕著に表すこととなったのが、1968年の男性ファッション専門館オープンでした。

従来は、主に女性をターゲットとしていた百貨店業界の常識を覆す事件としても
注目を集めましたが、市場のニーズをいち早く読んだこの戦略は
男性客に受け入れられ、伊勢丹の名を轟かすことにもつながりました。

さて、そんな新宿伊勢丹が2003年秋にリニューアル。
以来、メンズ館は売り上げを上げてきてました。

今月その伊勢丹が、メンズ館の一部をさらに改装オープン。

目玉の8階には、美顔やマッサージなどが受けられる男性専用のスパや、
男性向けの花売り場などが新設されたそうですね。

中でも8階の全フロアは「イセタンメンズレジデンス」として
「邸宅」に見立て、「男の生活空間」をテーマに商品を展開。

スパでは、水圧マッサージや2人がかりのマッサージなどが用意されているそうです。

高級音響機器セットや、ライカのカメラ、万年筆の名品が博物館のように並ぶ一角には、
音響機器の試聴室も設けられてます。

■イセタンメンズレジデンス

連休も多いこの9月。

一度足を運ぶには、いいかもしれませんね~。

関連記事
【イザ!】もはや王様気分?業界初、デパートで“男磨き”

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2007.09.08 | Comments(0) | Trackback() | 定年後趣味・興味

ルチアーノ・パヴァロッティの足跡

事実上の国葬で送り出されたルチアーノ・パヴァロッティ。
71歳までの彼の足跡から映像まで。

やはり見逃せないものがありますね。

彼は“キング・オブ・ハイC”“神に祝福された声”と評された豊麗な美声、
申し分ない声量、明晰な発音、輝かしい高音が魅力の名テノールであった。

20世紀後半にクラシック音楽界が輩出したまさにスーパースターの1人と言える。

ルチアーノ・パヴァロッティ(Luciano Pavarotti、1935年10月12日 - 2007年9月6日)は
イタリアのテノール歌手で、オペラ歌手では最も著名な1人。

生まれはイタリアのモデナ。
父親はパン焼職人の傍ら、才能あるアマチュア・テノール歌手でもあった。

同郷で同い歳の名ソプラノ歌手、ミレッラ・フレーニとは幼なじみの上、
同じ乳母によって育てられた。師範学校を卒業後、声楽を学ぶ。

1961年にレッジョ・エミーリアの声楽コンクールで優勝し、
同年4月29日、同地の市立劇場で『ラ・ボエーム』のロドルフォ役を歌い、
オペラの初舞台を踏んだ。

この役はその後彼の十八番となり、1963年にはウィーン国立歌劇場と
ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(コヴェント・ガーデン)に、
1964年にはミラノ・スカラ座にそれぞれロドルフォを歌ってデビューを飾っている。

1964年にはオペラ・アリア集をデッカ社に録音、レコード・デビューも果たす。

彼が世界的名声を不動のものとしたのは1972年2月17日にメトロポリタン歌劇場で
ドニゼッティの『連隊の娘』に出演したときで、パヴァロッティはトニオ役の
アリアでハイ-C(高い「ハ」音)を9回苦もなく歌ってのけ、聴衆を熱狂させたこと。

輝かしい高音を持つリリック・テノールとして彼は名声を確立し、
「キング・オブ・ハイC」という異名をとるに至った
(※このニックネームは彼が録音したアリア集の題名に由来する)。

パヴァロッティはしばしばテレビに出演して大衆的な名声を得た。
1977年3月の番組『ライブ・フロム・メト』に初めて出演してロドルフォを歌い、
かつてテレビで放送されたオペラ上演中最大級の視聴者を魅了した。

パヴァロッティは故・ダイアナ妃と親しく、世界の地雷除去のために寄付もしている。

彼はダイアナ妃の葬儀で歌うよう招待されたが、とても悲しくて歌うことはできないと
これを辞退したのは有名な話だ。

2004年3月、69歳でメトロポリタン歌劇場において『トスカ』のカヴァラドッシ役を
演じたのを最後に、オペラ上演からは引退。

また同年より、世界中を巡る引退コンサート・ツアーを開始(東京からスタート)。

2006年のトリノオリンピックの開会式では『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」を歌い、
開会式の掉尾に花を添えている。

同年、膵臓がんが見つかり手術を受けたが、
2007年9月6日、モデナの自宅にて腎不全により死去した。71歳だった。

パヴァロッティのサイト

トリノオリンピックでの「誰も寝てはならぬ」映像
 
Luciano Pavarotti Nessun Dorma (turandot) Torino 2006

【関連記事・イザ!】
イタリアでパバロッティさん葬儀 事実上の国葬
世界的テノール歌手、パバロッティさん死去

2007.09.08 | Comments(0) | Trackback() | 定年後趣味・興味

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