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定年退職を続々と迎える団塊世代。 定年退職後の生活費はいくらかかる? 年金はどうやって確認したらいい? 定年退職しないで、まだまだ働くにはどうしたらいい? 趣味と実益を兼ねて 有益な情報をお届けします。
出発!特大トレインバンク
初任給が10年ぶりに大きく伸びたそうですが、
これは、私ら団塊世代層が抜けた穴を、若い優秀な人材で
確保したいというのが大きな理由だとか。
とはいえ、入社後の収入イメージは、リクナビの2005年の
調査では以下のようになっています。
【30~35歳の年収】
・300万~400万未満が24%
・400万~500万未満が24%
・500万~600万未満が22%
・600万~700万未満が10%
・700万以上が9%
20代前半では年収400万円未満が全体の89%と
圧倒的多数を占め、20代後半~30代へと年齢が進むに
従って平均年収も増えていくという傾向がありますが、
そこから先になると、年収は見事に分かれていっているのが
わかりますよね。
年功序列型の給与体系は、今でもあるのか?といわれると
実は微妙で、 よーく見てみると、30~35歳では各ボリュームゾーンで
枝分かれしていきます。みんなが年齢に応じて年収アップをしている
というより、年齢に応じて年収の差が広がる、というのがわかります。
目先の「初任給」だけでなく、企業の成長性も含めて、
職探しは大事だとわかりますよね。
最近マクドナルドで問題化した「店長は管理職だから残業代はない」という解釈も
要は、企業側の都合としての社員給与の削減策なども
いろいろあったりしますから。
私ら団塊世代の時代の頃は、出世して上に行くほど
給料が高くなる……という状態でしたから、みんなもやりがいが
あったと思うのですが、今は「マネージャー」と肩書きがついたら
逆に給料は減るシステム。
こういうのを見ていると、私たちもすぐに定年退職せず、
いい会社だったら、定年延長して働き続ける……というのも
選択肢の1つに思えてきますね。
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2007.09.06 | Trackback() | 定年退職後も働く?
長妻昭と舛添要一。
年金問題で、とかく話題に上がってきているこの2人。
どちらもメディアには強い出自。
最後に大事なのは、やはり実行力なんでしょうけどね。
ちょっと2人を比較チェックしてみましょうか。
年金問題は本当に重要な問題なので、
私たちも真剣に見極めたいですね。
【長妻昭プロフィール】
東京都練馬区出身。東京都立練馬高等学校、慶應義塾大学
法学部法律学科を卒業し、日本電気の営業マン、日経ビジネス記者を経て、
1995年7月22日に行われた第17回参議院議員通常選挙に
平成維新の会公認で出馬するが、落選。
その後、新党さきがけを経て民主党に入党し、
2000年6月25日におこなわれた第42回衆議院議員総選挙において
東京都第7区から出馬し、初当選を果たした。
続く第43回総選挙(2003年11月9日)でも小選挙区で当選。
第44回総選挙(2005年9月11日)では小選挙区(東京7区)落選したものの、
比例復活により三選した。
☆年金記録問題
2007年5月の年金記録問題では、民主党内で率先して
自民党の対応を批判し、それがメディアで報道された。
テレビ朝日系列の『サンデープロジェクト』に出演した際には、
田原総一郎から、「民主党は長妻さんに5000万くらいボーナスを
出すべきですよ」と冗談を受けたほど。
☆その他の活動
2005年11月17日に発覚した耐震強度偽造問題では
参考人質疑・証人喚問・政治倫理審査会において
伊藤公介元国土庁長官などを同じ民主党議員の
馬淵澄夫などとともに追及した。
静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わっている。
他にもマスコミに積極的に出演し、官僚の天下り問題や
公共事業の不正、無駄遣いの現状を批判している。
☆著書
『マンガで読むびっくり仰天!年金浪費―「福祉」という
名のブラックホールを塞げ!』(赤池キョウコとの共著)
【舛添要一の足跡】
福岡県八幡市(現北九州市八幡東区)生まれ。
福岡県立八幡高等学校を経て、東京大学入学。
1971年、東京大学法学部政治学科卒業後、
ヨーロッパ政治史を専攻し、助手として研究室に入る。
その後はヨーロッパに留学し、パリ大学現代国際関係史研究所客員研究員、
ジュネーブ高等国際政治研究所客員研究員などを経て東京大学教養学部助教授。
フランスの政治・外交を専門とし、国際関係論などを講じていた。
1980年代末から『朝まで生テレビ!』などの討論番組に頻繁に出演し、
テレビ映えする討論スタイルで脚光を浴びる。
テレビ出演に引っ張りだこだった1989年6月に東京大学を退職しフリーに。
1990年代にかけては東欧民主化や湾岸戦争で国際政治が注目され、
また国内ではリクルート事件、消費税導入などを経て自民党体制が揺らぎ、
やがて政界再編に突入、オウム真理教事件や少年犯罪など社会を揺るがす
事件も増える中で、舛添に代表される新鋭の学者・評論家はテレビで大いに活躍、
「文化人」と呼ばれる知的タレントとしてお茶の間の人気を博した。
政治との関わりでは、1991年、北海道知事選挙に、
自由民主党から擁立されて立候補を検討。
しかし、知名度で担がれたため、それまで北海道には何のゆかりもなく、
出馬表明前の事前調査で現職候補・横路孝弘との圧倒的な差を見て、
出馬を辞退した。その後も度々政界進出が噂されたが、
1999年4月に東京都知事選挙に無所属で出馬。
石原慎太郎の圧勝の前に3位で落選したが84万票を獲得した。
2001年7月、第19回参院選に比例代表区から立候補(自由民主党)し、
1,588,862票を獲得しトップ当選。
2005年、自民党が結党50年に発表した憲法草案においては、
党新憲法起草委員会の事務局次長として草案作成の取りまとめに
大きな役割を果たした。そのことも評価され、
2006年10月、安倍政権発足に伴い当選1回ながら自民党参議院政策審議会長に就任した。
また、小泉政権末期で論議となった皇室典範改正論議では女系天皇容認の立場である。
高い知名度から議員となってからもテレビ出演の機会は多く、
政府や党のスポークスマン的な役割も果たしている。
2007年4月より、朝日ニュースター『政治学原論』のキャスターとして
週1回ゲストと討論している。
2007年7月29日の第21回参院選では、再選を目指し自民党公認で
比例代表区より立候補、与党への逆風の中で票を減らしたが、
467,735票を獲得して自民党トップで当選した。
選挙前後を通じて安倍内閣の閣僚や安倍総理の政権運営を厳しく批判してきたが、
2007年8月27日の安倍改造内閣において年金問題を始めとする
多くの問題を抱える厚生労働大臣に任命される。
記者会見では「年金支給漏れ問題」の解決に「命がけでやる」と意欲を見せた。
☆著書多数
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2007.09.06 | Comments(1) | Trackback() | 年金の豆知識・情報
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